茘の国の軍部を束ねる最高幹部である漢羅漢(かんらかん)は、太尉の位に就きながらも「変人軍師」と呼ばれることが多い存在です。片眼鏡と狐のような鋭い目元が特徴で、独身であるにもかかわらず、なぜか壬氏や猫猫への干渉を惜しみません。
今回は、そんな漢羅漢にフォーカスを当てていきたいと思います。
薬屋のひとりごとの羅漢の正体と性格
猫猫が「あのおっさん」と呼ぶ人物。
何かある度に壬氏に対して「嫌がらせか」と思われるほど、絡んでくる人物です。そのせいで任氏は仕事を滞らせてしまい、そのとばっちりを受ける形で猫猫が頻繁に引っ張り回されるという迷惑を生み出しすほど。
物語の序盤で壬氏が急に多忙になった背景には、この羅漢の奇抜な行動が関係しているといわれ、猫猫からも「最も厄介な人物」という扱いをされがちです。
実は、この漢羅漢は「人の嘘を見抜き、直感が鋭く滅多に外さない」という才能の持ち主。宮廷の闇に潜む問題を誰よりも早く気づき、猫猫に事件解決の糸口を差し出しています。
羅漢はその飄々とした言動の裏側で、しっかりとした軍略を用いて状況を動かす稀有な頭脳の持ち主でもあるのです。
漢羅漢は名家の出身
「漢」という姓は茘の国ではさほど珍しくありませんが、国の重鎮として名を馳せるほどの地位についた者は、羅漢以外にほぼ例がないよう。
羅漢の家は「羅の家」と呼ばれ、いわゆる「名持ちの一族」ではないものの、研究者肌の名門として古くから学問で功績を残してきました。
そのため、恒常的な権勢を求める一族とは異なり、権力を受け継ぐという発想を持たず、あくまで学問的なイニシアティブを重視する風潮があります。それでも茘の国の歴史において要所要所で重要な役割を果たした結果、「名持ちの会合」に参加できるほどの扱いを受けるようになり、名持ち以外では随一といわれる古い家歴を誇ります。
こうした背景から、「漢」の名と結びつけられる大人物といえば、羅漢の名が真っ先に挙がるというわけです。
「漢羅漢を敵に回してはいけない」
漢羅漢の特筆すべき能力は「人材登用」です。
表向きは昼行灯のように見えますが、実際には周到な手配をしているため、羅漢が仕事をサボっていても部署全体が止まることはありません。また、嘘を見破る力にも優れ、盤面遊戯では国を代表する実力を誇ります。
囲碁は国内最強の棋聖に対し6:4でやや劣勢ですが、それすら棋聖が辛い点心で羅漢の集中力を奪う作戦を使った結果だといわれています。将棋に至っては羅漢に太刀打ちできる相手がおらず、棋聖でさえ「万全の羅漢には勝てない」と語るほどです。
こうした飛び抜けた才覚を持つ相手を軽々しく敵に回すと、どんな手段で反撃されるか予想もできないため、宮中では羅漢と事を構えるのは危険と認識されています。
猫猫を溺愛している
実は猫猫の実父とされるのが、この漢羅漢です。
ところが当の猫猫からは、まったく父親として認められていないのが現状で、そっけない態度を取られることが日常茶飯事。
それでも羅漢はめげず、猫猫にひたすら愛情を注いでおり、羅家の財政事情を理解しないまま、猫猫に紫水晶の簪をプレゼントする始末。(猫猫はあっさり簪をむしってしまいましたが)
「猫猫や。今度はどんな簪が欲しいかい?」
「純金。混ざり物無しで」
「そうか、純金だね」
「妹よ。わが家の借金を増やすようなこと言わないで」
羅半が切実な顔をしていた。今、一体いくら借金があるのだろうか。
あまりに度を越した愛情表現が裏目に出て、猫猫からは「しつこい」「気味が悪い」と思われがちですが、羅漢にとっては娘を思う気持ちこそが何より大切なため、空回りしてもまったく気に留めません。
さらに猫猫の養父であり、羅漢の叔父にあたる羅門には頭が上がらないようで、意外と素直に意見を受け入れる場面もあるようです。そうしたギャップも含め、羅漢という人物が密かに人気を集めています。
猫猫の母・鳳仙も溺愛している
羅漢が鳳仙と出会ったのは、まだ若い頃に緑青館へ連れて行かれた際の囲碁勝負がきっかけ。
花街でも屈指の人気妓女として名を馳せていた鳳仙が「負け無しの妓女」と称されるほどに囲碁で強かったため、「軍部で負け無しの羅漢vs花街で負け無しの鳳仙」という対局が実現しました。
ところが羅漢は鳳仙に完敗し、その圧倒的な打ち筋に心を奪われます。さらに、人の顔をほぼ認識できない羅漢が鳳仙の顔だけは見分けられるようになったことで、羅漢の中で鳳仙が特別な存在へと変化しました。
やがて2人の関係は単なる客と妓女の枠を越え、碁や将棋を通じて互いを深く知るようになります。そして複数の身請け話が進む中、鳳仙が羅漢に勝負を挑んだ末、2人の手が重なる事態に至り、猫猫の誕生へとつながったのです。
漢羅漢の家族構成と恋愛事情
花街の人気妓女だった鳳仙との間に生まれた猫猫や、養子となった羅半など、漢羅漢の家族関係は非常に複雑な様子。
恋愛事情についても、鳳仙一筋というわけではなく、梅梅という存在との関わりも示唆されるなど、羅漢の感情の在り方は多面的です。
漢羅漢と猫猫の関係は親子
漢羅漢にとって猫猫は、血を分けたかけがえのない子ども。
ところが花街の婆や周囲の人々からは「もう子どもは亡くなっているのでは」という曖昧な情報しか得られず、羅漢は何度追い出されようとも緑青館を訪れて少しでも手がかりを探しました。
そんな中、偶然にも指の曲がった小さな娘と出会い、その子こそ鳳仙の娘だと直感します。さらに娘のそばに養父の羅門がいることがわかったことで、羅漢は「これが我が子に違いない」と確信を強めました。しかし肝心の猫猫は、羅漢を実父としては認めるどころか、かえって押しつけがましい干渉に迷惑顔を見せるばかりです。
それでも羅漢が子への想いを諦めることはなく、執拗に愛情を示そうとする姿勢が周囲をあきれさせながらも、どこか人間味を感じさせました。
漢羅漢は養子・羅半と暮らしている
羅漢の養子となった羅半は、もともと羅の家の一族として生まれた甥。
幼少期に起こった家中の混乱で祖父や実母と対立し、羅漢に味方する形でその養子になったのです。羅半は文官として国の経理を担う部署で働きつつ、家の財政を支えるために副業として多様な事業や出資も行っています。
さらに、奥向きの差配から実質的な家の運営までを取り仕切り、名ばかりの当主ではない実力を発揮しています。義父である羅漢は軍師としての才覚こそあるものの、奇行や無茶な仕事の振り方で周囲を振り回すことが多く、羅半としては尻拭いに奔走する日々を余儀なくされているよう。
その後鳳仙は他界している
猫猫の母である鳳仙は、末期の梅毒を患っていたため、病状がかなり深刻でした。漢羅漢は鳳仙のために花街全体を巻き込んだ祝賀行事を催し、せめて最後の時を華やかに彩ろうと奮闘します。鳳仙にとっては、この企画が生涯で最も幸せな思い出になったと伝えられています。
翌年の春、鳳仙はついに息を引き取りますが、羅漢はその後も鳳仙への愛を貫き、「自慢の我が妻」と呼び続けています。さらに、鳳仙の髪の房を常に携帯しているともいわれ、その溺愛ぶりが周囲を驚かせるほどです。羅漢の行動には、奇人と称される一方で、深い情を注げる人物としての側面も強く表れています。
漢羅漢の誕生の秘密
漢羅漢という人物が、どのようにして茘の国の軍部を牛耳る地位に上り詰めたのか。その裏には並々ならぬ努力と、家族との確執が隠されています。
さらに、持病のように人の顔を認識しにくいという特異な問題を抱えつつ、特別な知略を身につけた過程も見逃せません。鳳仙と猫猫との出会いが、羅漢の生き方を大きく変える契機になったともいわれ、奇行とされる行動の数々にも、実は合理的な意図や深い愛情が潜んでいることがあります。
秘密1.漢羅漢は人の顔が覚えられない
羅漢にとって最大の障壁は、人の顔がまるで碁石のように見えてしまうそう。
これは自閉症やサヴァン症候群の一種と猫猫が推測していますが、この障害により幼い頃は家族や周囲とのコミュニケーションがうまくいきませんでした。
実父からは「欠陥品」とまで呼ばれ、見捨てられがちだったとも伝えられています。しかし、叔父である羅門から「体格や行動、声で相手を見分ける」方法を教わった結果、人の嘘を瞬時に見抜く鋭い洞察力が磨かれました。さらに碁や将棋のような盤面遊戯にも秀でるようになり、軍師としての素質を開花させたのです。
そして鳳仙や猫猫の顔だけははっきり認識できるようになり、それが羅漢にとって運命を変える大きなきっかけとなりました。
秘密2.漢羅漢は父親と兄を追い出している
もともと「羅の家」は権勢を落としていた時期が長く、若き日の羅漢は約15年かけて独自の立身出世を遂げ、太尉の地位を手に入れました。
その過程で邪魔になる者は容赦なく排除し、派閥に属さないまま成り上がったため、宮廷では関わるのを避けられる存在でもあります。
鳳仙とのことがきっかけで、実父や兄との関係は特に険悪で、羅漢は家督を奪い取る形で父や兄を家から放逐したと語られています。
その冷徹さと奇行が相まって「もし戦乱の世なら、さらに存分に才を振るったかもしれない」と評される一方、制御不能な危険人物と見る向きもあります。
いずれにせよ、羅漢の底知れぬ才覚と行動力が、茘の国における軍師としての立場を確固たるものにしているのは間違いありません。
秘密3.梅梅に想われていた
羅漢と花街を巡るエピソードには、梅梅という存在も深くかかわっていた様子。
猫猫の視点からの回想によれば、鳳仙の末期を支えるなかで、羅漢と梅梅の間には互いに特別な感情があったのではないかと示唆されています。実際、鳳仙が他界した後も、羅漢は鳳仙の髪の房を肌身離さず持ち歩き、周囲に「自慢のわが妻だ」と誇るほどの愛情を見せています。
一方で猫猫は「梅梅を身請けしてほしかった」などと心中を漏らしており、最終的に鳳仙と羅漢が結ばれたことをどこか喜んでいる気配もあります。
まとめ
漢羅漢は、人の顔を覚えられないという持病を抱えながらも、盤面遊戯で磨いた理詰めの思考と天性の直観力を武器に、茘の国軍部の最高幹部という地位にまで上りつめました。家族との確執や名門「羅の家」の権勢を立て直す過程で見せた冷徹さは、奇行と呼ばれる言動とあいまって周囲を翻弄します。
しかし、一方では花街の人気妓女だった鳳仙への深い愛情や、実の娘である猫猫の存在を求め続ける姿に、人間らしい優しさと執念が強く感じられます。こうした複雑で多面的な背景を抱える羅漢は、『薬屋のひとりごと』の物語において、不可欠かつ注目を集める存在として描かれているのです。